H31農業部門【選択科目Ⅲ】の解説

平成31年度の一般部門での技術士2次試験では出題形式が変わっています。農業部門を題材に傾向と対策について、農業・食品の出題を中心について解説をします。

問題文の分析(農業・食品)

Ⅲ-1 農林水産業・食品産業分野では,近年,高齢化が急速に進むことで担い手の減少や経営の大規模化等が深刻な問題となっておりロボッ卜技術等を活用したスマート農業への取組が強く期待されている。このような状況を踏まえて,農業・食品分野の技術者として,以下の問いに答えよ。
(1)農業技術と先端技術を統合した新しい技術(いわゆるスマート農業)の展開の必要性について,技術者としての立場で多面的な観点から,現状の課題を抽出し分析せよ。
(2)抽出した課題のうち重要度の高い課題を1つ挙げ,その課題に対するスマート農業を活用した複数の解決策を示せ。
(3)解決策に共通して新たに生じうるリスクとその対策について述べよ。

前文(設問の前の文章)では、高齢化や経営規模拡大を問題として掲げ、ロボット技術等を活用した取組による解決を示しています。この内容を前提として論文を構成するのことが良いでしょう。以下に設問(1)~(3)について、解説します。

 

設問(1):課題の抽出と分析

(1)農業技術と先端技術を統合した新しい技術(いわゆるスマート農業)の展開の必要性について,技術者としての立場で多面的な観点から,現状の課題を抽出し分析せよ。

スマート農業の展開の必要性についての課題を抽出します。その際に技術者としての立場で多面的な観点で抽出が必要となります。課題は3つ挙げれば良いでしょう。多面的というのは、例えば技術面、経済面、社会環境面など視野を広げることや、同じ技術面でも分野を変え水田作、畑作、施設園芸などに広げることが考えられます。

次に課題の分析も求められています。(2)では、『抽出した課題のうち重要度の高い課題を1つ挙げ』とあり、重要度が判別できるような分析が望ましいでしょう。例えば、その課題が解決された際の効果や影響について分析をすれば、どれだけ社会的に貢献するか?といった観点で重要度を判別できるでしょう。

 

設問(2):重要度の高い課題と複数の解決策

(2)抽出した課題のうち重要度の高い課題を1つ挙げ,その課題に対するスマート農業を活用した複数の解決策を示せ。

分析した複数の課題について重要なものを1つ選択します。さらに複数の解決策を示す必要があります。ここでは多様な視点から問題解決の手法や遂行方法について提示します。これについては、令和2年度技術士2次試験受験申込み案内のP8にある、下記の『Ⅲ選択科目の出題内容』に示されています。ここでは類似の手法などを並べるのではなく、異なるアプローチや代替手法などを多面的に記述する必要があります。

出題内容 社会的なニーズや技術の進歩に伴う様々な状況において生じているエンジニアリング問題を対象として、「選択科目」に関わる観点から課題の抽出を行い、多様な視点からの分析によって問題解決のための手法を提示して、その遂行方策について提示できるかを問う

 

設問(3):解決策に共通して新たに生じうるリスクとその対策

解決策に共通して新たに生じうるリスクとその対策について述べよ。

(2)で示した複数の解決策について、共通して新たに生じうるリスクとその対策について述べよとあります。個別ではなく共通して新たに生じうるリスクという点がポイントになります。また、リスクについての理解が足りないと間違った解答となり評価を落とす要因になるため、要注意です。リスクは、ISO31000:2019の定義では『目的に対する不確かさが与える影響』のことです。計画していた目的や目標に対し、予想外の要因や制御不能な要因など(不確かさ)の影響によって、マイナスの影響が出たり、場合によってはプラスの影響が出ることもあります。そうした影響のことをリスクと呼びます。よくある間違いとして、解決策では部分的にしか解決できないような残された問題を挙げることがありますが、これはリスクとは言えないでしょう

 

解答骨子の構成

解答を記述する前に解答骨子を作成します。これは設問番号に対応した構成で、大見出し、小見出しを書き出し、見出しごとに記述すべき内容を箇条書きにしたものです。本問での解答骨子例を示します。まず、大見出しは以下のようになります。

(1)スマート農業の展開の必要性についての現状の課題

(2)重要な課題と解決策

(3)解決策に共通して新たに生じるリスクとその対策

これに、小見出しを追加します。

(1)スマート農業の展開の必要性についての現状の課題

1)課題1:〇〇〇

2)課題2:〇〇〇

3)課題3:〇〇〇

 

(2)重要な課題と解決策

「課題を抽出した理由」

1)解決策1:〇〇〇

2)解決策2:〇〇〇

 

(3)解決策に共通して新たに生じるリスクとその対策

1)新たに生じるリスク

2)リスクに対する対策

 

解答に盛り込む内容

以上の解答骨子の各見出しについて、適切な内容を盛り込む必要があります。適切さについて考察します。

(1)の課題の抽出について

これについては、令和2年度技術士2次試験受験申込み案内のP8にある、下記の『Ⅲ選択科目の概念』を参考にします。

社会的なニーズや技術の進歩に伴い、社会や技術における様々な状況から、複合 的な問題や課題を把握し、社会的利益や技術的優位性などの多様な視点からの調 査・分析を経て、問題解決のための課題とその遂行について論理的かつ合理的に 説明できる能力

ここでは、『社会的なニーズや技術の進歩に伴い、社会や技術における様々な状況から、複合的な問題や課題を把握』とあります。単一的な問題や課題ではなく、社会と技術の両面からの把握が必要であり、すなわち社会的な問題点を前提にして、技術的にどのようなアプローチが可能かを考え、そこでのハードル、障害、ボトルネックなどを課題として抽出すべきでしょう。

具体的な課題抽出に当たり参考となるのは、農林水産省の白書(平成30年度 食料・農業・農村白書)があります。同白書の(1)スマート農業の推進状況と活用可能性には、以下の4点が記載されています。

ア 先端技術による作業の自動化、負担の軽減

イ 誰もが取り組みやすい農業の実現

ウ データやセンシング技術を駆使した生産性や品質の向上

エ スマート農業を支える農業データ連携基盤の構築

これらをそのまま課題として引用することも可能かもしれません。「ア 先端技術による作業の自動化、負担の軽減」の内容を以下に引用します。

平成7(1995)年から平成27(2015)年までの20年間で、販売農家(*1)数が265万戸から133万戸へと半減し(*2)、基幹的農業従事者の平均年齢が7歳上昇して67歳(*3)となるなど、担い手の減少・高齢化が急速に進行しています。加えて、担い手への農地の集積が進む一方、臨時雇用等の確保が困難となるなど、労働力不足が深刻化しており、農作業をいかにこなしていくかが課題となっています。

ここでは、担い手の減少と高齢化の急速な進行、労働力不足の深刻化といった社会的な課題を挙げています。続けて・・・

平成30(2018)年10月には、GPS(*4)等の衛星測位と操舵(そうだ)・変速等の自動制御技術により、農業者の監視の下、無人で農作業を行う自動走行トラクターの本格販売が開始されました。このトラクターは、ほ場又はほ場周辺からの人の監視下において、ほ場内を自動走行するもので、無人機と有人機を2台同時に使用することで効率的な作業が可能となります。また、世界初の技術として現在研究開発が進められているマルチロボット作業システムは、複数台の自動走行トラクターが編隊を組んで協調作業を行うことができるため、トラクターの台数を変えることで大きなほ場でも効率的に作業できる技術として有望視されています。

ここでは主に大規模圃場での作業効率化の技術として無人で農作業を行う自動走行トラクタ―を取り上げています。さらに複数台での協調作業技術も取り上げています。こうしたスマート農業の新技術て、前述の課題を解決しようとしています。解決策は設問(2)で記述します。

 

次に、「イ 誰もが取り組みやすい農業の実現」の内容を以下に引用します。

農業・食品産業の現場では、人手に頼らざるを得ない作業、きつくて危険な作業、熟練者でなければできない作業も多く残されており、若者や女性の参入の妨げになっています。特に、経営主が65歳以上の販売農家75万戸のうち半数では後継者がおらず(*1)、近い将来、熟練者の「匠の技」が継承されずに失われていくおそれがあります。

一方、この10年間で、法人経営体数は2倍以上に増加し約2万経営体に、これらの法人経営体での常雇い(*2)数も2倍の10万人に達する(*3)など、新たに農業に従事する者が増加してきており、経験の浅い農業者の営農を補う新たな技術が求められています。

ここでは、後継者不足と技術継承の問題、経験の浅い新たな農業従事者の営農を補う新たな技術の問題といった社会的な課題を挙げています。続けて・・・

ICT等を活用し、従来マニュアル化が困難とされてきた熟練者の栽培技術や判断等の「匠の技」をデータ化し形式知化することで、新規就農者が短期間でノウハウを習得するための学習システムが実用化されています。さらに、新規就農支援として形式知化した栽培ノウハウを提供しつつ、農地の取得から農産物の販売まで総合的にサポートするサービスを行う民間企業も出てきています。

近年、IT企業等により栽培や経営管理に関するアプリの開発が進められており、地図データを利用して農地を管理する機能、スマートフォンを使って農作業を記録・蓄積する機能、会社経営等に活用されている財務会計の機能等、様々な機能を持つアプリが販売されています。

ここでは、「匠の技」をデータ化し形式知化しノウハウを習得するための学習システムや、地図データの利用等による栽培や経営管理に関するアプリの開発を挙げています。これらも解決策に当たります。

以上のように白書には、課題や解決策の概要が具体的に記載されていますので、過去問を解答する際には参考となります

 

(1)の課題の分析について

分析の目的は、複数の課題から(2)で重要度の高い課題を抽出するための理由付けを行うことにあります。その課題が解決された際に社会的にどのような影響があるか?、また複数課題が相互に関係している場合もあり、課題間の関係より本質的な課題はどれか?といった分析が有効と考えられます。

例えば、

アの「担い手の減少と高齢化の急速な進行、労働力不足の深刻化」について、「この課題が解決されれば、産地の維持が可能となり、国産農産物の確保と食糧自給率向上に寄与できるため、重要と考える」といった分析が考えられます。

また、

イの「後継者不足と技術継承の問題、経験の浅い新たな農業従事者の営農を補う新たな技術の問題」について、アと関連付けて「この課題が解決されても労働力が確保されなければ実際に営農を行うことは難しい」と、課題の優先順位を分析することも考えられます。

(1)での評価項目について

令和2年度技術士2次試験受験申込み案内のP8にある、下記の『Ⅲ選択科目の評価項目』に示されています。

技術士に求められる資質能力(コンピテンシー)のうち、専門的学識、問題解決、 評価、コミュニケーションの各項目

専門的学識、問題解決、 評価、コミュニケーションの3点が評価項目として挙げられていますが、次のP10には、技術士に求められる資質能力(コンピテンシー) のうち、専門的学識について、以下のように示されています。

  • 技術士が専門とする技術分野(技術部門)の業務に必要な,技術部門全般にわたる専門知識 及び選択科目に関する専門知識を理解し応用すること。
  • 技術士の業務に必要な,我が国固有の法令等の制度及び社会・自然条件等に関する専門知識 を理解し応用すること。

こうした内容の一部になりますが、白書には政策や法令面と社会や自然条件面を含めた課題と技術的な解決策が示されています。(1)での評価項目として専門的学識を考慮します。

 

(2)で選ぶ(1)の重要度が高い課題について

最初に(1)で挙げた複数の課題から重要度が高いものを選び、併せてその理由を述べます。その伏線として(1)での分析内容が必要になります。あまり詳しく理由を述べても文字数の余裕が無くなります。そのため、(1)では(2)で選定する重要な課題を最後に述べ、その文脈から(2)に持ち込むことが考えられます。(2)の冒頭での「課題を抽出した理由」の記述例を示します。

(1)で抽出した課題のうち重要度の高いものは、〇〇の理由から課題〇と考えられる。以下に、その解決策について述べる

 

(2)での評価項目について

令和2年度技術士2次試験受験申込み案内のP8にある、下記の『Ⅲ選択科目の評価項目』に示されている「専門的学識、問題解決、 評価、コミュニケーションの各項目」のうち、問題解決を中心に評価がされるでしょう。次のP10には、技術士に求められる資質能力(コンピテンシー) のうち、問題解決について、以下のように示されています。

  • 業務遂行上直面する複合的な問題に対して,これらの内容を明確にし,調査し,これらの背景に潜在する問題発生要因や制約要因を抽出し分析すること。
  • 複合的な問題に関して,相反する要求事項(必要性,機能性,技術的実現性,安全性,経済性等),それらによって及ぼされる影響の重要度を考慮した上で,複数の選択肢を提起し,これらを踏まえた解決策を合理的に提案し,又は改善すること。

問題発生要因や制約要因の抽出を行い、それに対する複数の選択肢や解決策を提案することが求められます。その際に「複合的な問題に関しての相反する要求事項と、それれらで及ぼされる影響の重要度を考慮する」とあり、いわゆるトレードオフについての考察や調整も求められ、評価の対象となることが考えられます。この点は総合技術監理部門の視点が一般部門に一部ですが加わっているとも言えます。社会的な課題がますます複雑化するに従い、こうした相反する要求事項が顕在化し、トレードオフの抽出と改善や調整が求められるためと言えます。

 

(3)で記述する解決策に共通して新たに生じるリスクと対応策について

最初に(2)で挙げた複数の解決策について、共通に新たに生じるリスクを抽出して記述します。リスクは、ISO31000:2019の定義では『目的に対する不確かさが与える影響』のことです。このことを忠実に理解してリスクを抽出する必要があります。例えば自然災害発生による事業中断や人的物的被害のリスク、感染症による人的被害リスクや社会的な被害のリスクなどが挙げられます。かつ、複数の解決策に共通に新たに生じるリスクですので、そのことに注意してください。さらに対応策を記述します。

 

農村地域・資源計画の出題について

以上は農業・食品の出題についてですが、農村地域・資源計画でも同様な様式の出題となっていますので、同様な考え方で対処が可能です。問題文を下記に示します。

III-2 日本には約20万か所のため池があり,農業用水の確保だけでなく,環境保全や親水に関する多面的機能を有している。しかし,ため池の管理主体が弱体化する中で,これらの多面的機能が適切に発揮されないことの懸念も生じている。このような中,ため池を地域活性化の核として保全・活用する施策も進められている。このような状況を考慮して,以下の問いに答えよ。
(1)ため池の多面的機能を地域の活性化に活用する場合について,技術者の立場で多面的な観点から複数の課題を抽出し分析せよ。
(2)抽出した課題のうち最も重要と考える課題を 1つ挙げ,その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)解決策に共通して新たに生じうるリスクとそれへの対策について述べよ。

ため池の管理主体が弱体化する中で、ため池の多面的機能を地域の活性化に活用する場合」についての課題抽出が必要となります。農林水産省農村振興局では、ため池のWebサイトを公開しています。

そこでは、ため池の多面的機能として、以下を示しています。

ため池は、農業用水の確保だけでなく、生物の生息・生育の場所の保全、地域の憩いの場の提供など、多面的な機能を有しています。

また、降雨時には雨水を一時的にためる洪水調整や土砂流出の防止などの役割を持つほか、地域の言い伝えや祭りなどの文化・伝統の発祥となっているものもあります。

こうした機能を発揮する場合に、管理主体が弱体化する環境での課題を抽出することになります。同Webサイトには以下のマニュアル等があり、これらを参照して検討してもよいでしょう。

・ため池の洪水調節機能強化対策の手引き

・ため池群を活用した防災・減災対策の手引き

・ため池機能診断マニュアル(暫定版)

・ため池管理マニュアル

・ため池の保全管理体制整備の手引き

・ため池の保全・管理活動事例集

 

農業農村工学の出題について

Ⅲ-1 我が国の農業水利施設は,戦後の食糧増産の時代や高度経済成長期に整備されたものが多く,老朽化が進行した施設が増加してきていることからこれらの施設の機能を効率的に保全していくことが必要となっている。このような状況を考慮して,以下の問いに答えよ。
(1)農業水利施設の機能の効率的な保全について,技術者としての立場で多面的な観点から課題を抽出し分析せよ。
(2)(1)で抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ,その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)(2)で提示した解決策に共通して新たに生じうるリスクとそれへの対策について述べよ。

農業水利施設の老朽化の進行と農業水利施設の効率的な機能保全」についての課題抽出が必要となります。農林水産省農村振興局では、農業水利施設のストックマネジメントのWebサイトを公開し、その中に農業水利施設の機能保全の手引きがあり、参考にさ検討されてもよいでしょう。 (本稿は以上です)。